この国では、数多くの妖怪の存在が語り継がれている。
老若男女問わず「河童」や「一つ目小僧」「ろくろ首」といった妖怪の名前くらいは知っているだろう。
そして、ほとんどの人は、妖怪のことを単なる空想上の存在だと思っている。
だが、私は妖怪という存在は実在しており、それを目撃した人たちが実際に語り継いできたケースも多くあるのではと考えている。
その根拠の1つが、日本各地で目撃されているUMA(未確認生物)の存在だ。実際に河童や一反もめん、湖の主といった存在の目撃は21世紀の今でも起こっている。
筆者は、小説家や脚本家として活動する一方で、UMAや妖怪の研究も行っている。実際にUMAの目撃されたスポットに行くと、妖怪にまつわる伝説が残されていることが非常に多かったのだ。
この記事では、UMA研究家として、妖怪をアプローチすることが出来たらと考えている。
いろんな意見があるとは思うが、妖怪に対しての見方がちょっとでも変化してもらえたら幸いだ。
野槌とツチノコ
実際に人々から目撃されたことがある妖怪の、代表的な存在といえば「ツチノコ」であろう。
ツチノコは、日本を代表するUMAであり、『ドラえもん』や『ちびまる子ちゃん』といった国民的人気漫画をはじめ、多くの漫画やアニメ、映画やテレビドラマなどにも登場してきた。またツチノコの玩具は、秋葉原にあるようなマニアックなお店にまで足を運ばずとも、ドン・キホーテや100円ショップなどでも、気軽に購入することが出来る。
少なくともこの国の知名度で言えば、あのネッシーやヒマラヤの雪男にも負けることはない、まさに国民的UMAなのである。
そんなツチノコの歴史は古く、奈良時代に書かれた『古事記』や『日本書紀』、中世から近世にかけて記された『和漢三才図会』、江戸時代の記録をまとめ明治初期に出版された『信濃奇勝録』などにも、ツチノコを思わせる奇妙な生物が紹介されている。

「ツチノコを思わせる奇妙な生物」と言ったのは、これらの書物の中でツチノコという言葉は使用されていないからだ。
例えば『和漢三才図会』や『信濃奇勝録』の中では、「野槌」と呼ばれる幻の蛇が紹介されている。ツチノコは漢字で書くと「槌乃子」なのだが、藁を打つのに使う工具の槌に形状が似ていることから、この名で呼ばれるようになった。
今では槌に似た形状の怪蛇は全て「ツチノコ」と呼ばれているが、元々はその地域や時代によって様々な名前で呼ばれていたわけだ。
野槌の他にも、「槌蛇」「槌ん子」「槌ん棒」「杵の子」「徳利蛇」「俵蛇」「土転び」「バチヘビ」「ゴハッスン」といった名で言い伝えられてきた怪蛇や化け物が、ツチノコと同種の存在であったと現代では言われている。
名前を並べてみれば分かるように、槌に似たシルエットの生物が各地で目撃されていたことは間違いないようだ。ただし、名前に槌が含まれていないものも、ツチノコの別名として紹介されており、これらについては本当に同種の生物のことを指していたのかどうかは、もう一度しっかり吟味する必要はあるのかも知れない。
地方によって別の名も持つのは、日本を代表する妖怪である「河童」も同じで、今では頭に皿を乗せた緑色の化け物を見たら、誰もが「河童」と呼ぶだろうが、古い文献を調べていくと地方によっては「ガラッパ」「エンコ」「ガタロ」などと別の名で呼ばれているケースも多くあった。実は外見の特徴も微妙に違いが見られるのだが、今では「河童」という名に統一され、その姿かたちも平均的な河童の姿に統一されつつある。
河童と同じように日本各地で伝説が伝わるツチノコも、いつの間にか、各地の伝承がまとめられて、一つのイメージに統一されていった。
今日、私たちがイメージするツチノコも、各地に伝わる幻の蛇の特徴がいくつか融合されて生まれていったものなのだ。
奇妙な特徴
見た目の特徴としては、30センチから1メートル前後の大きさで、槌に似ている(近年では槌という道具に馴染みがなくなったこともあって、ビール瓶のような形状の蛇などと紹介されることが多い)ということだが、ツチノコが奇妙なのは、その姿以上に、独特の生態にあると言っていい。
まずツチノコの特徴として有名なのが、高くジャンプするということ。
1~2メートルもジャンプするのを見たという証言が多く存在しているのだ。東南アジアには滑空する蛇(トビヘビ)なども存在してはいるが、滑空ではなく、大地を蹴って自ら跳躍する蛇は今のところ確認されていない。これだけでも、ツチノコは(もし、その正体が蛇だとしたら)単なる新種の蛇が発見されたということ以上の大発見だと言えるだろう。

他にもツチノコは蛇にはない特徴をいくつも持っている。例えば、ツチノコは「まばたき」をするらしいのだが、蛇には瞼が無いため、まばたきをすることはあり得ない。同じ爬虫類でもトカゲはまばたきをするため、ツチノコは蛇よりもトカゲに近い生物なのではないかという説もある。
またツチノコが、いびきをかいて寝ている様子が何度か目撃されている。これも、他の蛇にはない特徴だ。
このように、多くの目撃情報から見えてくるツチノコの特徴を考えると、この生物のことを「幻の蛇」「新種の蛇」といった言葉で片付けるわけにもいかないのではと思えてくる。
地球上に存在する他のどんな動物とも違う、ミステリアスな存在……ツチノコが多くの人から深い関心を持たれる理由も、そこにあるのだろう。
ツチノコは、北海道と沖縄を除く日本全土で目撃されているが、私は今回、岐阜県中津川市馬籠から長野県木曽郡南木曽町妻籠の中間にある一石栃付近(旧中山道)まで調査に向かうことにした!
ここは、ツチノコの記録としては最も古いものの1つである『信濃奇勝録』の中で、ツチノコ(野槌)が目撃されたと伝えられている場所なのだ!
『信濃奇勝録』よりも古い『古事記』や『日本書紀』の中でもツチノコは紹介されているのだが、私たちがツチノコとして連想する姿をはじめて絵として残してくれていたのは『信濃奇勝録』だった。
実は『和漢三才図会』に紹介されている野槌の絵などは、私たちがイメージするツチノコの姿とはあまり似ておらず、ある意味、『信濃奇勝録』に図が描かれた時こそが、伝承としてのツチノコが誕生した瞬間であったのかもしれない。
そのようなことを考えれば、この地は多くのUMA研究家、ツチノコ愛好家にとって絶大な人気スポットとなっていてもおかしくない。
だが、実際にはそうなっていない。この地に足を運ぶUMA研究家は過去あまりいなかったのである……。
その理由については次回、一石栃付近での探索編で語ることとしよう!
【著者プロフィール】中沢健(なかざわたけし)
作家・脚本家、そして、UMA研究家としての顔も持つ。作家デビュー作「初恋芸人」は、2016年にNHK BSプレミアムで連続ドラマ化された。その他の著作に「キモイマン」「平成特撮世代」など。UMA研究家として「緊急検証!シリーズ」「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル」などの番組に出演中。