200年以上前の「銃を持つ権利」が今のアメリカにもたらす現実

銃による暴力が止まらないアメリカで、対策を求める声が以前にも増して高まってきている。しかし聞こえてくるのはあくまで銃規制の強化を求める議論であって、銃自体の撤廃ではない。本稿では、アメリカ人のアイデンティティに深く根ざしている銃と、それに影響を受けた各国の銃社会の現状に迫る。

フロリダの悲劇

2017年2月14日に起きたフロリダ州マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校での銃乱射事件では、19歳の元生徒がAR-15と呼ばれる殺傷能力の高い自動小銃(日本ではM16とも)を校内で発砲し、止めに入った教師を含む17名の尊い命を奪った。前年の10月1日には、ラスベガスの野外コンサート会場でアメリカ史上最悪の銃乱射事件が58名の犠牲者を出したばかりだった。

フロリダの事件後、銃の恐怖を自ら経験した高校生たちがSNS上で「#NeverAgain(二度と繰り返さない)」運動を展開し銃規制に向けて力強い舵を切ったことで、アメリカで銃規制への活発な議論が再燃している。 

銃ありき

ところが、銃規制推進派の主な要求は自動小銃を含むアサルトライフルの全面禁止、あるいはアサルトライフルを購入できる年齢制限の引き上げと、銃を購入する際の身元調査の徹底、精神病患者の購入制限――など、銃の保有により厳しい条件付けを要求しているのみで、銃そのものの撤廃は議論されていない。

さらにトランプ大統領の対応策も興味深い。銃規制を望む声から年齢制限の引き上げと身元調査の徹底を汲みあげているほかにも、なんと教師にも護身用の銃を保持させることを提案しているのだ。ここにアメリカの「銃ありき」の立ち位置を読み取ることができる。アメリカ合衆国憲法の修正第2条は、すべてのアメリカ国民に武器保有権を保障している。いわく、

規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、 侵してはならない。

すなわち、アメリカの国民はみな銃を持つ不可侵権利を与えられている。銃を持つこと自体に問題はなく、銃を持つ大多数の人は責任ある保持者であると考えられている。護身のために、狩猟や娯楽のために、またはコレクターズアイテムとして揃えるために責任を持って銃を保持することに、なんら問題性はないのだ。

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銃を持つ権利

アメリカの「国民が武器を保有し携行する権利」は1791 年に成立した。これに倣って、19世紀にはアメリカの強い影響下に置かれていた中米の国々、また憲法そのものをアメリカから取り入れたアフリカのリベリアは、次々と銃を持つ権利を憲法に盛り込んだ。しかし最終的にはほとんどの国がその権利を放棄して、今に至る。

現在では世界の200ほどある憲法のなかで、はっきりと「国民が武器を保有し携行する権利」を主張し続けているのはたったの3か国。すなわち、アメリカとメキシコとグアテマラのみだ。

グアテマラとメキシコの憲法は、どちらもその国民が個人的に武器を保有することを認めている。その一方で、どちらの国でも銃による暴力が絶えず、治安の悪化やマフィアの闇組織から逃れるためにアメリカに亡命を望むグアテマラ人やメキシコ人も多いと聞く。

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権利と利権

アメリカの銃社会を政治に左右されない独立した視点で捉え続けている非営利メディア、The Traceによれば、アメリカでは銃を使った犯罪が年間約50万件もあり、銃犯罪の被害者は11万人にのぼるという。

「人を殺すのは銃ではなく、人だ」と全米ライフル協会は主張しているが、殺意を抱いた人がより凶悪な武器を手にすれば、暴力を助長しかねないのではないか。マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校のような悲劇を「二度と繰り返さない」ためには、まず人を殺しているのが銃だと再認識する必要がある。

Florida High School Shooting: At Least 17 Dead, Many Others Injured in Parkland (The Trace)
The Las Vegas shooter’s road to 47 guns (CNN)
The State Of Current Gun Laws (NPR)
Guns And The Trump Slump (NPR)
アメリカ合衆国憲法に追加され またはこれを修正する条項(America Center Japan)
U.S. Gun Rights Truly Are American Exceptionalism (Bloomberg)