【野良山伏 連載】第17回 クマのことは語らない

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

 

「バッキが顔を出すとクマが目を覚ます」という言葉が東北の山の人たちの中で伝えられています。バッキとは東北の言葉でフキノトウのこと。つまり雪が溶けてフキノトウが出てくる頃になると、クマが冬眠から目覚めるという意味です。

日本には北海道に生息するヒグマと、本州に生息しているツキノワグマの2種類のクマがいて、僕は春の山に入ってフキノトウをみると、ふと「山で一番強いのは自分(人間)ではなくなったんだな」と、身が引き締まる思いになります。油断をすれば襲われて怪我をしたり、食べられてしまうかもしれません。

ただ、注意することは大切だけど、必要以上に怖がることもない、というのが日常的に山に入って、年に数回クマに出会う自分の実感でもあります。街の人たちは、過剰にクマを怖がっているように感じられるのです。

以前、山ですれ違った人に「この先にクマがいて、さっき警察に電話しました」と怯えながら話しかけられたことがありました。警察に連絡しても、クマを逮捕するわけにはいかないですし、山なんだからクマがいるのが普通なのにな、と思いました。

裏山でみつけたクマの爪痕

クマと出会って一番やってはいけないことは、怖がって走って逃げるとか、奇声をあげるとか、過剰な動作をすることです。クマは逃げるものを追いかける習性があるし、ツキノワグマは強い反面、臆病で神経質なところもあるので、いきなり目の前にあらわれた人間がオーバーアクションをすれば、クマの方が「襲われる」と思って、そこから逃れようとして攻撃してくることも考えられます。

これまで僕が出会ったクマたちは、あわてずにクマを刺激しなければ、こちらの存在に気づいたら森の中に去っていきました。それでも、もし襲われてしまったときは、うつ伏せになって縮こまり、手で首などの急所を守りながらクマが攻撃をやめるのを待つ方法が良いと聞きます。僕は万が一に備えて、催涙効果のあるクマよけスプレーを携帯しています。

知り合いの山の人たちは、クマに襲われるよりも、もっと怖いのはハチやマムシなどの毒を持った生き物だと言います。クマは注意していれば危険を避けられる可能性が高いけど、ハチやヘビは気づかずに巣に触れてしまったり、踏んでしまえば決死の覚悟で襲ってきて、しかも致命的なダメージをあたえる毒も持っています。

ちなみに祖父は、昔、山でクマに出会って、びっくりして走って逃げ、スズメバチの巣に突っ込み、大量に刺されて入院しました。それはともかく、クマは自然界の王ともいえる存在だったので、人々からは畏怖の念を持たれ、特にシベリアやアラスカなどで暮らす北方民族や、日本でもアイヌや東北の山間部の人たちは、クマを聖なる動物として丁重に扱ってきました。

子グマを飼って、大切に育てて、祭りの日にあの世へ送り、また帰ってきてもらうことを願うアイヌの「熊送り」はよく知られています。クマを丁重にもてなすことによって、あの世で魂となったクマが人間にどれだけ大切にしてもらえたかを仲間に伝え、またきれいな毛皮とおいしい肉を自分たちの世界に持ってきてくれると考えたのです。

東北の猟師たちもクマ狩りの際にクマをあの世へ送る(成仏させる)「ケボカイ」という作法をおこなっています。この「ケボカイ」は仏教思想の影響を受けて様々な唱え言があり、山伏の唱え言と共通するところがあります。それはこの作法を教え伝えたのが山伏(的な存在)であったためだと考えられます。

東北では大切なことは言葉にしないという文化があります。たとえば出羽三山の最も神聖な場所である湯殿山は「語るなかれ、聞くなかれ」とされ、猟師たちはクマのことも日常の中では語らずに、語るときは誰にも聞かれないように、こっそりと大切な秘密を打ち明けるように話したのだそうです。

現在ではそうした文化がだいぶ崩れているので、厳格に守っているところは少なくなりましたが、言葉というものは、そのものを常に言い損ねてしまう側面があり、その反面、言葉にされた瞬間にそのものが言葉に縛られてしまう特徴があるため、古い由来を持つ文化を生きる人たちにとって、言葉はとても繊細にあつかわれてきました。

アメリカ先住民の中にも本当の名前を知られると、相手に自由を奪われてしまうという考えがあったため、日常的には仮の名前を使っていました。

そういうこともあって、僕も自分の体験の中で、最も親密だったクマとの関わりについては誰にも言わないようにしています。

かつてクマに深い愛情を持って接して、結果食べられてしまったティモシー・トレッドウェルという人がいました。『グリズリーマン』というドキュメンタリー映画にもなっていますが、過剰に距離を縮めることは危険なので、適切な距離感でクマや山や自然と関わっていきたいと僕は思っています。

Illustration: Daizaburo Sakamoto