Credit : Yohta Kataoka

【野良山伏 連載】第16回 メイプルシロップでメイクマネー

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

僕が暮らしている山形の志津という集落は、毎年6〜7メートルの雪が積もり、アメダス観測所がないためにニュースに出ることはありませんが、人がいる集落で日本一積雪量が多い場所と言われています。

ここに暮らすようになり、大雪が降る日に外を歩き、視界が真っ白になるホワイトアウトをはじめて体験しました。晴れた日は、青い空と白い雪のコントラストが鮮やかできれいなのですが、雪は音を吸い取るので、カンジキを着けて森の中を歩いていると、シンッとした空気感に、やはり日常とは離れた異世界にいるように感じられてきます。

何年か前に、地元のおじいちゃんと一緒に雪景色の月山の森を歩いたことがありました。日差しが雪の上に木の影を作っていて、前日の夜に雪が降ったために、ふかふかの地面にはウサギやタヌキなどの足跡がたくさん残されていました。

そのなかのひとつのウサギの足跡が、ある樹木の下で立ち止まり、背を伸ばし、小枝を齧(かじ)った様子が雪上に残されていました。

そのウサギの足跡と木を見て「これはイタヤカエデの木で、樹液が甘くなるからウサギが齧(かじ)ったんだな。自分たちも子供の頃には、樹液が染み出して凍ったものをアイスキャンディのように食べたもんだ」と、おじいちゃんは言いました。

そのときは「へー、面白い話だな」くらいの感想しか持ちませんでしたが、家に帰ってから調べてみると、イタヤカエデの樹液は煮詰めるとメイプルシロップになることがわかり、自宅の裏山の木からそんなものが作れることが驚きで俄然興味が出てきたのでした。

次の日、早速ホームセンターで木に穴を開ける手動のドリルとチューブを購入し、裏山へ行きました。

「ほんとに樹液が出るのかな」半信半疑のままイタヤカエデにドリルで小さな穴を開けると、なんと樹液が流れ出してきました。

その穴に買ってきたチューブを差し込み、250ミリリットルのペットボトルを取り付けたところ、数分もしないうちにペットボトルが一杯になるくらい樹液が出てきました。僕はあわてて2リットルのペットボトルに付け替えて、その日は家に戻りました。

付け替えるときに、ひとくち樹液を飲んでみましたが、冷えていたためもあってか、スーッと身体に染み込んでくるような、ほんのりとした甘味がある水で、めちゃくちゃおいしいと感じました。蝉じゃあるまいし、まさか樹液をおいしいと感じる日がくるなんて……といった具合に驚きました。

樹液を採集している様子

後で分かったことでしたが、イタヤカエデが樹液を出すのは一年のうちで、冬の終わりのほんの2週間くらいだけで、一般的には2月ごろとのことですが、月山は他の地域より1ヶ月ほど冬が長いので、ここでは3月ごろとなっています。

夜の気温が氷点下まで冷え込み、その後、午前中に気温が10度くらいまで上昇する条件のときに、よく樹液を出すのだそうです。このときはたまたま、そんなタイミングにあたったのでした。

備え付けたペットボトルは、やはり2リットルでは容量が足りず朝には溢れていました。現在では10リットルのタンクを付けることにしていますが、そうして採ってきた樹液をできるだけ大きな鍋に入れてどんどんと煮て、水分を蒸発させていくと、やがてとろみが出てきて本当にシロップになりました。

なぜ樹液が甘くなるのかといえば、樹木の中に溜め込んでいる栄養分であるデンプン質が、冬の気温で凍ってしまわないように、糖分に変化させるので、樹液が甘くなるのだそうです。

冬の間、ただじっと春が来るのを待っているだけなのかと思っていた木々たちも、実は冬を越すために内部ではいろいろなことをしているんだと感心してしまいました。

一般に流通しているメイプルシロップはカナダ産が有名で、それはサトウカエデの樹液を煮たものですが、日本に生えているイタヤカエデは、サトウカエデに比べると糖分が低く、サトウカエデが10分の1に濃縮すれば良いところを、イタヤカエデは40〜50分の1まで濃縮しなければなりませんでした。

そのため採算性が悪く、日本のメイプルシロップは商業化されずに見過ごされてきたのだそうです。

ただイタヤカエデの樹液に関しては、古くから東北の山の民に知られていたようで、猟師などからは「命の水」と呼ばれ、アイヌの人たちも乳の木を意味する言葉で「トペニ」と呼んでいました。お乳が出ない時には、「お乳がでるように」と木にお祈りしてお母さんに樹液を飲ませていたのだそうです。

月山に祀られている月の神様は、日本神話の中で不老不死に関わる「命の水」を持っているとされます。また世界各地に月と若返りの水の神話があり、月と水と命を結びつけることは、かなり普遍的かつ根源的な思想であるようです。そうすると月山のイタヤカエデの樹液がすごく神話的なもののように自分には感じられてくるのでした。

ここ数年、冬になると月山のメイプルシロップを作って、友達にプレゼントしていました。日本でメイプルシロップが作れると思っていなかったという人が多くて、けっこう驚かれます。今年はいつもより多めに収穫して、少し販売もできるようにしようと企んでいます。メイクマネーです。山の資源をどうやってお金に変えていくのかは、山あいの限界集落では切実な問題なのです。

普段、僕がカメムシとかベニテングダケとかガマガエルとか、そんなものばかり食べているという印象を持つ人もいるかと思いますが、メイプルシロップみたいなオシャレなものを作ることがあるのだと、たまにはアピールしたい、という話でした。

濃縮したメイプルシロップ
Illustration: Daizaburo Sakamoto

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【プロフィール】坂本大三郎(さかもとだいざぶろう) 1975年生まれ、千葉県出身。東京でイラストレーターとして活動後、30歳で山伏の文化に飛び込む。東北の出羽三山の山奥で暮らしながら、美術作品の製作、古来の文化や芸能の研究・実践をおこなっている。著作に「山伏と僕」(リトルモア)、「山伏ノート」(技術評論社)がある。

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