【黒田有彩のSPACE DISCOVERY】 第5回 宇宙飛行士選抜試験のファイナリスト、江澤佐知子さん -後編-

黒田有彩のSPACE DISCOVERY。前回に引き続いて登場するのは、医師、二児の母、法学研究者、会社経営者、そして2008年宇宙飛行士選抜試験の最終選考10人のうちの一人というプロフィールをお持ちの江澤佐知子さんです。前編では、宇宙飛行士選抜試験を受ける前のキャリアについてと、国内での最終選考までのお話を伺いましたが、いよいよアメリカ・ヒューストンのNASAで行われた最終選考の話に移ります。

もっと好きなことを!! やりたいことを全部やりました

江澤:ヒューストンに着いたら、みんなですぐに大きいハンバーガーを食べに行って、エクストラ・スパイシー(笑)ブラッディーメアリーを飲みました。辛いものが大好きなんです(笑)。 NASAではスペースシャトルのモックアップ(模型)に乗ったり、当時のアポロ13号司令塔を見学させていただき、心躍りました!

そしていよいよ選考では、道具の説明を受けて、それを覚えて課題をこなすという「船外活動指示行動試験」がありました。

また宇宙飛行士の訓練のためのNBLというプールでは、実際に宇宙服を着て、宇宙空間と似た水中環境で行われているトレーニングや、ロボットアームの作業過程も見学しました。それらは、憧れの野口宇宙飛行士や星出宇宙飛行士に説明いただきながらでしたので、そのひとつひとつが感動でした。

—宇宙好きにとっては、涎が出そうなレア体験のオンパレードです。江澤さんが当時のアルバムを見せてくれたのですが、私が印象的だと思った1枚が、江澤さんが飛行機の前でピースサインをしている写真でした。

Credit: Hiroki Terabayashi

江澤:当時は大学病院勤務で長時間仕事をして、という生活が続いており、あまり外に出る機会がありませんでした。ある日、救急外来から出たときに、「ああ、空が青い、あ、雲が白い」って思った瞬間に感動して、突然涙が頬を伝わったのを覚えています。ただ「空が青い」ということに。

そのときに、まず学位を取得して、ご褒美として今までやりたかったことを全部やろう!と決意したのです。宇宙に想いを馳せたり、船舶や飛行機の免許をとるための時間を捻出し、試験を受けたり、ハープを習って発表会に出たり。おそらく幼少期にみた「なるほど!ザ・ワールド」への憧れというのは、空や海を通じて、いろいろなところに行って、未知なるものへの探求や人や生物とのふれあいを求めたものだったのだと思います。

この涙と好奇心の結果として、セスナ飛行機のパイロット免許を取得することとなったのです。

—物理的な世界への冒険心もですが、学問という意味でもいろいろ学ばれている江澤さん。学校でなにかを学ぶのが好きで、医師として働きながらビジネススクールにも通っていたそうです。その好奇心と冒険心は留まることを知りません。

さて、話は宇宙飛行士選抜試験に戻しましょう。NASAでの最終選考の後はどのような流れだったのでしょうか。

江澤:JAXAで理事長面接がありました。宇宙飛行士になることへの覚悟などの質問がありました。面接日の数日後、自宅に合否の電話がかかってきました。合格者はその日にホテルで記者会見、残念組もホテルで一堂集合しました。

自分が選ばれなかったことに関しては、やはりショックだったと思います。電話で結果を聞いたとき、「ああ、宇宙に行けない」というショックを受けました。けれども一方で、チームメイト10人の結束がとても強靭で、そのときには、誰が行っても本望という絆が生まれていました。誰が行くのかはわからないけれど、選ばれた人と共に宇宙に行くという一心同体の想いがありました。

Credit: Hiroki Terabayashi

外来の患者さんの言葉から新たな思い

—一年弱の時間をかけての宇宙飛行士選抜試験。選考が進むにつれて膨らんだ夢が、一瞬で無になったショックは、想像するに難くはありません。

江澤さんは選ばれなかったという現実を突きつけられたあと、次の目標に向かって人生の舵をどのように切ったのでしょうか。

江澤:選抜試験は粉骨砕身頑張った試験で、人間としてフルに生きていることを感じられて、心の底から楽しかったのです。おそらくチームメイトの10人もみんなが同じような気持ちを抱いているはずです。その目標がある日スッと無くなってしまうと、気持ちのベクトルがどこを向いているのかわからなくて、迷走した時期がありました。

「今を生きる」人間として、同じ悩みを永遠に抱えている人はいないでしょう。私たちは日々悩み、喜び、学び、歩み続けているのですから、病院に戻り、外来の診察に出て、患者さんに「ああ、先生に診てもらえると安心するわ」という言葉から、自分が必要とされていること、必要とされている場を、非常に感じました。私にはこういう場所があるのだ!と、とても安堵な気持ちに包まれたのを覚えています。

それからは「宇宙に行きたい」という夢は抱きながらも、自分に与えられた使命を着実に全うしていきたいと思っています。自分の経験したことを、たくさんの方に伝えていくことも大切にしています。

自分の土台は医師です。医師の仕事という礎をしっかり持ちつつ、世界を広げていこう!と決心もしました。

もしも宇宙に行けるなら、癌細胞の研究をしてみたいです

—医師という職業に向き合うことで、新たなスタートをきった江澤さんは、さらにキャリアアップを続けていきます。活躍する女性を称える目的で設立された「第1回ヴーヴ・クリコ・ウーマン」を受賞し、その後、医学博士取得の研究テーマを法律学の視点からみるために早稲田大学法学部に再入学。現在は博士課程にまで進まれ研究を続けています。そして2014年には大きなよろこびにも巡りあいます。

江澤:法学部を卒業するころ、双子の子どもを授かって、次々と人生のイベントが続きました。もしも宇宙飛行士に選ばれていたら、自分の子どもたちにも会えなかったのかなぁと思うと複雑な気持ちです。

今考えると、その時の状況に応じて、自分が出来る最大限のことを誠実にこなすことの大切さを実感します。縁があれば私の人生のうちに宇宙にも行けるはず!

もし私が宇宙に行って研究をすることができるのなら、私はもともと癌の研究をしていたので、癌治療をはじめ、宇宙における無重力状態での治療や生命の可能性を研究してみたいです。宇宙科学研究で生じるスピンオフから、地球生活の利便性が向上することに、宇宙と地球をつなぐ幸せサイクルを感じるので、その点、偶発的な事象とはいえ、自身の研究が良いスピンオフを生み出すような方向性を持つことにも、大変興味があります。

個人的には宇宙から美しい地球を見て癒やされたいですね(笑)。

Credit: Hiroki Terabayashi

—最後に江澤さんに質問です。宇宙飛行士に一番必要なものをあえて言葉にすると、それはなんですか?

江澤:うーん、ひと言でいうと「バランス力」でしょうか。それは何でも必要に応じてこなせるという意味でもあれば、人と人との調和が保てる、自分の中での調和が保てるという意味でも。どんな仕事でも同様ですが、辛いことも楽しいことも多々あるので、まず自分の中でバランスを取ることが大切だと思うのです。宇宙飛行士の皆さんと同じ経験をしている人も多くはないので、「そうだよね、分かる分かる」と同調してくれる人も少ないかもしれませんが、そんな中、仲間とのバランス、家族とのバランス、そして自分の中で良いバランスを保てることが重要なのだと思います。

帰り際、江澤さんは私に、「元気になりましたか? 私と話すと元気になるって、みんな言ってくれるんですよ(笑)」と言って見送ってくれました。もちろん江澤さんの話を聞いて元気も貰いましたし、もっと頑張りたいという意欲もわき上がりました。そして私も江澤さんと同じ台詞を、江澤さんのように爽やかに、鮮やかに、軽やかに言ってみたい、そんな人になりたいなと思ったのでした。

ということで今回のDISCOVERYは『もっと好きなことをちゃんとしよう』にしました。子どもの頃に好きだったことを、大人になってもう一度やってみたら、新しいDISCOVERYがありそうですね。

【プロフィール】江澤佐知子(えざわさちこ)産婦人科医(医学博士) / 社会企業家 / 法学博士課程在籍

東京都大島町出身。夫はスコットランド人、双子男児の母。尊敬する父と同じ産婦人科医となり、その後海外にも活躍の場を広げ、2005年、スウェーデン王室よりアマランタ賞受勲。2008年、医学博士取得後、今までできなかった大好きなことを全部しようと決意、船舶免許、パイロット免許を取得し、その夢はとどまるところを知らず、2009年、NASA/JAXA宇宙飛行士選抜女性唯一のファイナリストとなる。2010年、成し遂げる女性の象徴ヴーヴ・クリコウーマン受賞。女性医師による社会貢献NPO医療情報広報局を設立。2012年、早稲田大学法学部に再入学し医学博士取得の研究テーマを法律学の視点から研究をはじめる。双子出産を経て、現在、臨床医を主軸に、産業医、企業顧問、NPO活動、講演活動など幅広く活躍し、法学博士課程で研究を続けている 

黒田有彩(くろだありさ)

中学時代にNASA訪問したことをきっかけに宇宙に魅せられる。大学では物理学を専攻。タレントとして宇宙の魅力を発信しながらJAXA宇宙飛行士の受験を目指す。2016年、株式会社アンタレスを設立。2017年4月より文部科学省国立研究開発法人審議会臨時委員に就任。放送大学『初歩からの宇宙の科学』『化学反応論』/ FMヨコハマ『Tresen』木曜DJ/ 誠文堂新光社『天文ガイド』連載/集英社インターナショナル『宇宙女子』ほか。