Credit : Yohta Kataoka

【野良山伏 連載】第9回 山伏とクリスマス。そしてお正月

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

僕はクリスマスが好きです。そう言うと「山伏もクリスマスをお祝いするんだ」とか、ひどい場合には「山伏のくせにクリスマスか」と言われることがあります。

山伏とクリスマス。それを相反するものだと感じる人は少なくないのではないでしょうか。たしかにそれらがまとっているイメージは日本古来のものと欧米キリスト教的なものという、あまりマッチしない組み合わせという感もあります。しかしそれらの祭りの成り立ちや原型的なところまで遡ってみてみれば、切っても切り離せないつながりが表れてきます。キーワードは「季節の変わり目」です。

日本列島では古くから冬至や夏至といった、太陽の力が強まったり弱まったりする時期が季節の変わり目として祭りがおこなわれてきました。現在では冬の正月、夏のお盆の時期が祭りの日となっていますが、民俗学者の柳田國男は、「お盆に出される『御斎(おとき)の食事』は、季節の変わり目をあらわす『とき』という言葉の名残である」と述べました。つまり仏教行事のようになっているお盆は、実はとても古い季節の変わり目の祭りが元になっていると考えたのでした。また疫病が流行ったり、害虫が発生したときには、お盆に門松を立ててお正月をおこない、むりやり年を改めてしまう文化もあったのだそうです。

クリスマスに目を移してみると、現在ではキリスト教の祭りだと考えられることが多いのですが、もともとはヨーロッパで古くからおこなわれていた土着的な冬至祭りを起原にしています。

イエス・キリストがいつ誕生したのか聖書には記されておらず、ローマ帝国でおこなっていた冬至の祭りに合わせて12月25日が生誕の日と定められ、土着信仰とキリスト教が混合して、クリスマスの原型がつくられたのだと伝えられています。その祭りが現在のような華やかな姿になったのは1940年代のアメリカのデパート商戦の影響でした。

それ以前のクリスマスは、今よりも恐ろしい側面のある祭りでした。例えば祭りの夜には魔女や鞭打ちじいさんという恐ろしい精霊があらわれ、良い子にはプレゼントをくれるけれど、悪い子は鞭で打たれたり、袋に入れられ連れ去られると考えられました。

実はそれらの恐ろしい精霊がサンタの原型で、精霊たちは富を運んでくれるけれど、ときには恐怖をもたらす、生と死を身にまとう両義的な存在だったのです。

「悪い子はいねが」でお馴染みの東北のナマハゲも、季節の変わり目にあらわれ、良い子と悪い子をさがす精霊という点でサンタとよく似た存在です。

山伏に引き寄せて考えてみれば、冬至や夏至のようなときには日常の社会構造に分断が起こり、男性や女性、大人や子供が分けられ、僕が暮らしている月山の周辺では男性秘密結社がつくられ、それが現在では夏におこなわれる山伏の修行と、冬の年越し祭りとして残されています。

そう考えると、山伏とクリスマスが相反するものどころか、サンタやナマハゲと同じ仲間のように見えてくるのではないでしょうか。

山伏の年越し祭り

近年ではハロウィンが日本社会の中で急激に広まりを見せており、外国の祭りを日本でお祝いすることに嫌悪感を持つ人を目にすることがあります。でも日本文化は、つねに外国の文化を取り入れ発展してきた側面もあり、現在ではすっかり日本文化に馴染んでいる正月の元旦も、実は中国から輸入された暦を元にしています。もともとは冬至のほうが重要な日だったと思うのですが、いつしか冬至ほうが影が薄くなっているようにも感じます。

またこういった外国から入ってきた祭りが嫌われる要因の一つに、性的なムードが充満し、若者が乱痴気騒ぎをするという点があると思います。昔の川柳に「おまつりは 先祖の血筋 切らぬため」というものがあり、これも日本文化の中では季節の変わり目の祭りが、相手を見つけて木の根を枕に交わる「木の根祭り」などと呼ばれたように、共同体を維持してきた深い由来のある文化という風に捉えることができるのではないかと思います。

以上、山伏がクリスマスをお祝いすることが全然おかしいことじゃないんだよという言い訳でした。

Illustration: Daizaburo Sakamoto

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【プロフィール】坂本大三郎(さかもとだいざぶろう) 1975年生まれ、千葉県出身。東京でイラストレーターとして活動後、30歳で山伏の文化に飛び込む。東北の出羽三山の山奥で暮らしながら、美術作品の製作、古来の文化や芸能の研究・実践をおこなっている。著作に「山伏と僕」(リトルモア)、「山伏ノート」(技術評論社)がある。

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