学術誌Natureに掲載された最新の研究により、アルコール依存症の治療薬「ジスルフィラム(商品名:アンタビュース)」が癌細胞の増殖を妨げる仕組みが解明された。ジスルフィラムが癌を抑える可能性は40年前から知られていたが、どのように作用するかはこれまでよくわかっていなかったという。
ジスルフィラムは慢性アルコール中毒に陥った患者をアルコールから遠ざけるために、主に欧州とアメリカ、そして日本でも処方されている比較的副作用が少ない飲み薬だ。ジスルフィラムを内服中に飲酒すると、顔が赤らみ、脂汗がにじみ、激しい吐き気や嘔吐をもよおす…ようするに、ひどい二日酔いの状態になってしまう。
これはジスルフィラムが体内でアルコール成分の分解を邪魔するからだ。具体的には「アルデヒド脱水素」という酵素の働きを阻害するので、アルコールが肝臓で分解されないまま血中に溜まり、つらい悪酔いを引き起こす。ジスルフィラムは料理酒、咳止め、リキュール入りの菓子など微量のアルコールを含んだ食物に対しても反応が出るほど効果が高いそうだ。
そして、ジスルフィラムは癌細胞の増殖を抑える効能も併せ持っている。このことは40年前、ある女性の死により偶然導き出された。1977年、38歳で乳癌を患った女性は、苦しさから逃れるためにアルコールに溺れた。癌が骨髄に転移した頃にはすべての抗癌治療が打ち切られ、ジスルフィラムのみが継続して処方されていたという。10年後、女性は飲酒中の転落事故により死亡した。しかしその後遺体を調べた結果、骨に転移したはずの癌腫瘍がほぼなくなっていたという。
今回の研究では、ジスルフィラムが癌細胞に及ぼす効果を詳しく解明するために、3000人以上のデンマーク人を対象にジスルフィラムの使用に伴う癌の転帰を調べた。その結果、ジスルフィラムを使用し続けた患者のほうが、ジスルフィラムの使用を中止した患者よりも癌死亡率が34%少なかったという。また、こうしたジスルフィラムの効果は、大腸癌、前立腺癌、乳癌などさまざまな癌において見られたそうだ。
さらに、ジスルフィラムが体内で代謝される際に「NPL4」と呼ばれるタンパク質の働きを阻害することもわかったそうだ。タンパク質が阻害されると細胞内にそのタンパク質が溜まり、細胞を圧迫して死滅させてしまう。好都合なことに、ジスルフィラムは癌細胞だけに毒性を持ち、通常の細胞には影響しない点も確認されたそうだ。
既存している治療薬を別の用途に再開発することを「ドラッグリポジショニング」というが、今後このジスルフィラムも癌治療薬としての再開発が期待されそうだ。とはいえ、ジスルフィラムは「特効薬ではない」と複数の医師が慎重な姿勢を見せる。新薬として開発されるまでには、まだいくつもの臨床研究を重ねる必要があるという。
Alcohol-abuse drugdisulfiram targets cancer via p97 segregase adaptor NPL4 (Nature)
がん治療に有望視されるアルコール依存症治療薬(Nature Asia)
An old drug for alcoholism finds new life as cancer treatment (Science)
From Disulfiram to Antabuse: The Invention of a Drug (Bulletin for the History of Chemistry)