【野良山伏 連載】第8回 山の媚薬

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。

山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

山を歩いていて時折出会う、奇怪な姿をした虫がいます。頭に比べてお尻が異様に大きく、黒々とした体から何か禍々しい印象を持たされるその虫はツチハンミョウと言い、印象の通り毒を持っています。

刺激を与えると黄色い汁を出し、触れると水ぶくれになるその毒は、致死量わずか30ミリグラムのカンタリジンという物質で、多くの毒がそうであるように、古くは微量を用いてイボを取ったり発毛剤にしたり、内服して利尿剤や膀胱炎の治療などに使われたのだそうです。また尿道を刺激することから媚薬としても珍重されました。

時代劇などでは「斑猫(はんみょう)の粉」として暗殺用の毒として登場することがあります。しかし日本では『本草綱目(ほんぞうこうもく)』という江戸時代初期に大陸から入ってきた薬学に関する書物の翻訳を間違えてツチハンミョウ科ではなくカンタリジンを持たないハンミョウ科の虫が使われたのだそうです。ですので毒薬として使うにしても、媚薬として使うにしても実際には効果がなかったのではないかとされています。  

でも東北の山伏の拠点である羽黒山では、かつて罪人を江戸まで送るのに経費がかかるためそれを惜しんで、出発前に毒虫を煎じて罪人に飲ませ、しばらく進んでから毒が回って死んだ罪人を、病死したと報告していたのだという話が伝わっています。東北の虫の毒で、人を殺せるだけの強さがあるものは限られているので、これはツチハンミョウや仲間の毒が使われていたのではないかと僕は推測しています。おそらく書物の知識以外に、長年の生活体験の中から得た毒虫の知恵があったのでしょう。 

日本ではきちんと使われていたのか疑問が残るカンタリジンですが、ヨーロッパなどでは媚薬として大いに活用されていました。中でも強いインパクトがあるのはマルキ・ド・サドのエピソードで、何人かの娼婦に「オナラの出る薬」と偽ってカンタリジンを飲ませ、順番に娼婦を呼び出し交わりながら鞭で打ち、別の娼婦には自分を鞭で打たせ、別の者には下剤を飲ませ便を漏らした尻を愛撫したそうです。そのうちの一人マルグリット・コストという娼婦はカンタリジンの後遺症で膀胱炎と尿道炎になったと伝えられます。当時の倫理観から逸脱したこれらの行為で、追われる身になったサドはフランスからイタリアに逃亡するもすぐに捕まり、監獄に入れられ、そこで『ソドム百二十日』や『美徳の不幸』などの今日まで伝わる小説を書き残しました。

ヨーロッパのサドに対して、アジアでは古代インドにおいて性に関して書かれた書物『カーマ・スートラ』で、男根を大きくする方法として、ツチハンミョウの仲間でしょうか「カンダリカという虫をつまんで男根に刺す」との記述があり、古代からすごいことをやっていたんだなあと妙に感心する思いでした。 

これらの変態に関連して、というわけではありませんが、ツチハンミョウは「過変態」する虫と言われます。

卵から孵化した幼虫は植物によじ登り、花の中に入り込み、ハナバチのメスがやってくるのを待ちます。ハナバチがやってきて乗り移ることができれば、ハナバチの巣に侵入して成長することができるのですが、もし他の虫に間違って乗り移ってしまったり、落ちてしまえば死にます。生き残る確率がかなり低いためか、数千個の卵を産むのだそうです。

運良くハナバチの巣に行くことができたツチハンミョウの幼虫は、ハナバチの幼虫や蜜などを食べて成長すると、繭の状態になるものの、またイモ虫の状態に戻り、再び繭になり、成虫になるのだそうです。通常の虫が成長する、卵〜幼虫〜繭〜成虫という「完全変態」の過程よりも段階が多いことから「過変態」と言うのだそうです。 

山で見かけるツチハンミョウは、厳しい生存条件の中なんとか生き残った個体と言えます。そんな背景を持った虫を、尿道をムズムズさせたいがために殺してしまおうとは、とても思えません。それに、古くからカンタリジンを試して命を落とした人も後を絶たなかったのだそうです。いないとは思いますが、くれぐれも妙な考えを起こさないようにしてください。

Illustration: Daizaburo Sakamoto
Credit: Yohta Kataoka

『【野良山伏 連載】第1回 カメムシを美味しく食べるコツ』はコチラ
『【野良山伏 連載】第2回 ガマガエルと忍者と山伏』はコチラ
『【野良山伏 連載】第3回 轢かれたタヌキの皮をなめす』はコチラ
『【野良山伏 連載】第4回 ベニテングダケを食べる』はコチラ
『【野良山伏 連載】第5回 自分を土に埋めてみた』はコチラ
『【野良山伏 連載】第6回 鮭を叩くバイト』はコチラ
『【野良山伏 連載】第7回 柿とハクビシン料理』はコチラ

坂本 大三郎

坂本大三郎(さかもとだいざぶろう) 1975年生まれ、千葉県出身。東京でイラストレーターとして活動後、30歳で山伏の文化に飛び込む。東北の出羽三山の山奥で暮らしながら、美術作品の製作、古来の文化や芸能の研究・実践をおこなっている。著作に「山伏と僕」(リトルモア)、「山伏ノート」(技術評論社)がある。

RELATED POST