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「切り裂きジャック」が現代ロンドンに落とす暗い影

今から129年前のロンドンで、凄惨な連続殺人事件が起きていた。

「切り裂きジャック(Jack the Ripper)」の名を知る人は多いと思う。1888年8月から11月にかけてロンドンで女性を次々と襲い、遺体を猟奇的に切り刻んで臓器の一部を盗み取ったとされるイギリス史上最悪の連続殺人犯だ。被害者は5人だったとも、もっと多かったとも言われている。「切り裂きジャック」という偽名で犯行をほのめかした手紙が警察に送られてきたことも事件をよりセンセーショナルなものにしてしまった。

当時何人もの被疑者が捜査線上に浮上したが、決定的な証拠がないまま「切り裂きジャック」はついに捕まらなかった。犯行手段があまりにもグロテスクだったことと、いまだに犯人が誰だったのか、なぜそんな行為に及んだのかが謎に包まれていることとが重なり、「切り裂きジャック」のおぞましいイメージだけが独り歩きしてイギリス国民の想像を掻き立てている。

そして現在のロンドン。街中では今でも「切り裂きジャック」があふれている。お化け屋敷、博物館、バスツアー、テレビシリーズ、ポピュラー音楽、映画や演劇…。日本の「お岩さん」と引けを取らない認知度だろうか。しかし、「お岩さん」とは決定的な違いがふたつある。

そのひとつに、「ジャック」という名は単なるモチーフであり(日本語でいうならば『名無しのごんべえ』の「ごんべえ」に相当する)、犯人の実名や実像とはまったく関係ないことだ。The Conversationによれば、「切り裂きジャック」とは、売り上げのために当時の新聞記者がでっちあげた自作自演の犯行声明文に記された仮称にすぎないとしている。その名が商業的に使われ続けているために、今でも模倣犯が絶えないという。

不条理な死を遂げた「お岩さん」とは正反対に、「切り裂きジャック」が加害者であったことも忘れてはならない。「切り裂きジャック」がターゲットにした女性たちは社会のセーフティーネットからこぼれ落ちてしまった社会的弱者ばかりで、全員が貧困のために自分の身体を売り物にしていた。彼女たちの死も「切り裂きジャック」の名とともに商業化することで、そもそもなぜ彼女たちが犠牲になったかという社会問題の本質から目をそらしてはいないだろうか。

「切り裂きジャック」の犠牲者たちにも家族がいて、喜怒哀楽があって、それぞれの事情を抱えながらも懸命に生きていたはずだ。彼女たちの尊厳を考えると、「切り裂きジャック」は闇に葬った方がいいのかもしれない。

‘Jack the Ripper’ was a serial killer who disembowelled women — we need to stop celebrating that (The Conversation)
Jack the Ripper, a women’s history museum and London’s fascination with all things gory (The Conversation)
【閲覧注意】Casebook: Jack the Ripper

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