Credit : NASA

予算がない? じゃあロケットに住めばいいじゃない! 宇宙ステーション開発エンジニアの奇抜アイデアが歴史を動かす

1998年に建設が始まり、飛行士が滞在し始めてから17年を迎えた国際宇宙ステーション(通称:ISS)。これまでに15ヶ国219名の飛行士が訪れ、宇宙開発の任務や研究を行ってきた。 

『NASA宇宙開発・栄光の軌跡』は、NASAがこれまで宇宙空間で成し遂げてきた偉業の数々を、貴重な映像資料やインタビューを交えて紹介する番組だ。今回は国際宇宙ステーションにテーマを絞り、知られざる建設秘話や裏話が明かされる。 

重量およそ420トン、サッカー場ほどの大きさを持つ宇宙ステーションは、わずか90分で地球を1周してしまうほどのスピードで地球の上空を飛んでいる。日本上空を通過する時間帯にさえ合わせれば、国内のどこからでも肉眼で確認することができるというのだから、改めてその巨大さを実感させられるだろう。まさに科学技術の粋を結集した宇宙ステーションだが、なんと1920年代にはすでにその構想が練られていたというから驚きだ。 

1960年代、NASAの関心は主に月面着陸計画にあり、宇宙ステーションの開発は二の次に考えられていた。莫大な費用を要したアポロ計画の終了後、予算がピーク時から44%も削られたにもかかわらず宇宙ステーション建設を計画しなければならない状況に、エンジニアたちが一つのアイデアを提案する。 

それは、サターン5型ロケットの第3段をまるまる宇宙ステーションに改造してしまおうという、一聴すると“トンデモ”なアイデアだった。燃料タンクとして使っていたスペースにキッチンやシャワーなどの居住空間、さらに生命維持装置や実験施設も詰め込むという荒業だったが、見事成功させたエンジニアたちの発想力と技術力は脱帽モノだ。 

そして地上での訓練やシミュレーションを経て、1973年にアメリカ初の宇宙ステーション「スカイラブ」が宇宙に飛び立つことになった。ところが打ち上げからわずか63秒後、空気抵抗を受けたことで実験室を守るための防護シールドが剥がれ落ちるトラブルが発生。このままでは太陽光に直接さらされ、スカイラブの中は灼熱地獄になってしまう……! 

この危機状況に当時のエンジニアたちはどう対処したのか? スカイラブ計画以降、現在の宇宙ステーションが誕生するまでにどんなドラマがあったのか?
宇宙マニアでなくとも気になる驚きのストーリーを見届けよう。ちなみに、地球上では排泄したらトイレに流されてしまうだけの“おしっこ”が宇宙では命の水として重宝されている事実など、知られざるトリビアも満載だ。  

「NASA宇宙開発・栄光の軌跡 宇宙ステーション」はディスカバリーチャンネルにてご視聴頂けます。ディスカバリーチャンネルを未視聴の方は、こちらからご確認ください。

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