沖縄からフランスへ 写真家、石川竜一の新しい試み

沖縄のリアルな「人間」を独自の感覚でチョイスし、えぐりとるようにして印画紙に落とし込んできた気鋭の写真家、石川竜一。沖縄を舞台にした一連のシリーズは写真界で高い評価を得て、一昨年には木村伊兵衛写真賞、日本写真協会新人賞を受賞。今もっとも熱い注目を集めている写真家の一人である。

そんな彼がアーティスト・イン・レジデンスのきっかけを得て渡仏。パリに滞在しながら、フランス各地の日常に潜伏し、市井の人々を撮影してきた記録が、現在、東京・渋谷で開催中の石川竜一写真展『OUTREMER/群青』である。

石川竜一は、フランスで何を写してきたのだろうか?

________________________________________________________パリの北駅に着いたのは深夜で、他の路線はもう止まっていた。広い駅の中はガランとしていて、歩いている人々に目的地があるとは思えなかった。駅の外に出ると、冷たい空気で肌がピリピリしてくる。道端で眠る人々は皆、建物の壁に張り付き、身を寄せ合っている。初めての土地では、足を前に進めるだけで、瞬きをするだけで、全てが無差別に、僕のあらゆる感覚を通して、強制的に飛び込んでくる。人々の持つ野生が、衝動のようにうごめいていた。街に渦巻くその狂気は、興奮と引き換えに気力を吸い取る。言葉も話せなければ、馴染みの場所も古い友人もなく、僕は街灯に飛び回る、ただ一匹の羽虫だった。ピクリとも動きそうにない石壁や石像。生きていたときよりもふわふわに逆立った毛皮を着て歩くマネキンのような女。葉の落ちた樹木を見上げ、叫び続ける男。地に平伏し、ねだり続ける人。ギラギラと光りながらも所々が消えているネオン。

テロの影響で、ライフルを持った警察や軍人が街の隅々まで警備していた。エマニュエル・トッドは著書の『シャルリとはだれ』のなかで、シャルリ・エブドがきっかけとなった一連のテロについて「自由平等主義が引き起こした、伝統的宗教価値観の分裂と崩壊、国内での格差の拡大からくる、他宗教への恐怖が背景にある」としたが、それはこの国だけのことではなく、資本主義そのものへの警告だった。混血の地は、あらゆる産業、文化、思想の中心に立ち、言葉への圧倒的な信頼がその強靭な社会を生み出したが、それは淘汰されていく現代のシステムそのものでもある。

見知らぬ土地に来て、日本語しか話せない僕はそのことを痛感した。この場所にリンゴそのものは存在しても、僕の知るリンゴは存在しないということであり、全てが用意されているはずの世界で、どんなにもがいてもなにひとつ掴みとることはできないということだ。ここには海もなく空もなく、目の前の窓を開けてもただ闇が広がっているだけだ。これも窓ではない。「mer」であり「ciel」であり「fenêtre」だ。これは思考の闇であり、本当の闇だ。そのことに気づき、意識の窓が開いたとたんに、その闇は「tenebre」ではなく僕が感じることのできる「闇」として一瞬ですべてを包み込む。ただ触れることも臭うことも聞くことも味わうことも見ることも出来る。鏡の前に突っ立っているおぼろげな影はだれだ。

世界は常にズレているが、それはズレの連鎖でしかない。操作することのできない時間や、物事の間に流れる力、記憶や無意識と共鳴する何か、身体が反応し、言葉の網目からこぼれ落ちてしまう何かが、カメラを通して世界とショートする。

社会から逸脱したロマ民族の母親は「どうせ食うもんが欲しいんだろ」と乱暴ながらも、訪ねる度に食べきれないほどの料理を皿に盛り付けてくれた。その母親の目は力強く、たくましい手足、彫刻のような体の輪郭からは、強い命の意志が溢れ出していた。その身体中からにじみ出るものが、戦争や植民地時代を生き抜いてきた沖縄のおばぁ達のそれとよく似ていて、僕に沖縄のことを思い出させた。

沖縄には異国の人々をウランダーと呼んだ時代があった。琉球王朝時代に貿易相手であったオランダから始まり、異国の人々をまとめてそのように呼ぶようになったが、その発音がOUTLANDと似ているというのは面白い。沖縄を訪れる、島の外から来た得体の知れない人々は、繁栄の象徴であったと同時に、後の侵略の脅威となった。いっぽうでは、フランスのOUTREMERは、群れるように濃く青い海の色と、その向こう側の植民地の島々を意味する。誰もが海を漂流する孤島であり、その間に流れる見えない力がOUTREMERだ。

石川竜一________________________________________________________

Ishikawa
Credit: Yohta Kataoka

リアルな日常を切り取る気鋭の写真家、石川竜一氏の展覧会が東京・渋谷で開催中!

Ishikawa
石川竜一『OUTREMER/群青』より

石川竜一写真展『OUTREMER/群青』

2017年11月11日(土)~12月10日(日)

会場:東京都 渋谷 アツコバルー arts drinks talk

時間:水~土曜14:00~20:00 日、月曜11:00~18:00

定休日:火曜

料金:500円

http://l-amusee.com/atsukobarouh/