【野良山伏 連載】第6回鮭を叩くバイト

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。
山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

鮭を叩くバイトがあります。

山形の川では、生まれた鮭が、海で何年間か成長して生まれ故郷の川へと戻ってきます。その鮭を水揚げしている人たちの多くは高齢で、その作業も重労働のため繁忙期には人手が必要となります。

日本海に面した庄内平野は、月山や鳥海山といった山々に抱かれて、湧き水は冷たく澄んでいます。清らかな川は多くの水の生き物にとって良好な環境で、それは鮭も同じです。 

川を遡上してきた鮭は、仕掛けられた通路を進むうちに狭い場所に追いやられて、網ですくいあげられます。そして次々と水揚げされる鮭を捌く際に、鮭が暴れないように、硬くて重みのある「安楽棒」という木の棒で鮭の頭を叩いて気絶させる、それが僕の役目でした。

生き物の頭を棒で叩くという感触は良いものではありません。しかし躊躇してしまうと一撃で気絶させることができずに、何度も叩かなければならなくなり可哀想です。うまくやるには力一杯、腕を振り抜かなければなりません。きちんと命中すれば鮭は一瞬ビクビクと痙攣して、その後おとなしくなります。そしてその隙に腹を割いてイクラを取り出すのです。何度もやっているうちにコツはつかめてくるのですが、叩くたびに飛び散る汁が身体中についてヌルヌルして生臭いし、乳酸が溜まって棒を持つ腕も棒のようになってきます。

ちなみにバイト代は鮭一本とビニール袋いっぱいのイクラで、今まで食べたことのある鮭やイクラの何倍も旨くてビックリしました。いままで高いお金を出して食べていたものは何だったんだと思うくらいでした。 

この魚を叩く安楽棒のことを山形の他の地域では「エビス棒」などと呼ぶことがあり、叩く際に「このエビス」とか「トウエビス」と唱え言をします。そして鮭の初物をエビス様にお供えする習俗があります。北海道のアイヌも鮭を叩くときに「イナウコル(イナウをお持ち)、イナウコル」と唱えるのだそうです。イナウというのは木を削ってフサフサを付けた、神社の神主がお祓いに使っている大麻にそっくりな祭具です。アイヌは壊れた道具にもイナウを付けてあの世に送る儀礼をおこなうそうですが、「イナウコル」とは、まさに鮭をあの世に送る言葉なのでしょう。 

アイヌ神話の『ユーカラ』には、「人間が腐った棒で鮭を叩くなど失礼な扱いをするので、魚の神様が怒って鮭が人間の元に行かないようにした。それを聞いた人間が反省し、棒を美しく作り直し鮭を丁寧に扱うようになると、再び人間の元にたくさんの鮭が戻ってきた。」という話があります。鮭を叩くための棒が特別な意味を持ったあの世とこの世をつなぐ聖なる道具であったことがうかがえます。

安楽棒の「安楽」という言葉も仏が住む世界である浄土に通じる仏教用語なので、ただ鮭を苦しませずに安楽死させるという意味だけではなく、食べるために殺害することになった命を供養するという意味があったのではないかと思います。 

こうした鮭を大切にする文化は日本だけでなく、共通のルーツを持つ人たちが古い時代にベーリング海峡を渡ったのでしょうか、北米に暮らす先住民の間でもみることができます。ハイダ族の神話には「少年が鮭の国を訪れ、鮭の国の人々に鮭の子供を食べるように言われ、それに従い鮭の子供を殺して食べ、その骨を丁寧にとっておいて川に投げると、鮭の子供は再び生き返った」という話があります。類似する話が山形県の庄内地方にも伝わっており、そこでは「初めて獲れた鮭をオセンニンサマにお供えして、体を細かく切り刻んで川へと流す」のだそうです。庄内でも、そうすることによって毎年鮭が獲れることを願いましたが、切り離された肉体と魂を丁寧に扱い、もとの世界に戻すことによって再び結合して復活するという循環の思想をみることができます。 

北米先住民には「鮭が森をつくる」という言葉があります。豊かな森の川で生まれ海へと旅立ち、再び生まれ故郷の川へ戻り、そこで子孫を残し、動物たちに食べられ、動物たちは糞をして森はそれを分解して豊かなものへと変換する。自然の循環を象徴するような存在である鮭に。かつての人たちがどんな思いを持っていたのかがうかがい知ることができるようです。

生き物の尊厳を損なわないように丁寧に扱えばまた戻ってきてくれるとは人間のご都合主義にも思えますが、近代以降にあまり自然を大切にしてこなかった自分たちのおこないを振り返ってみれば、大切なことが語られているようにも思えます。

一昨年大漁だった鮭は、去年漁獲量が激減しました。そのためバイトの声もかからず、今年はどうだろうと、鮭が遡上する川に行ってみたところ、さらに減っていて、去年の半分くらいという酷い状況なのだとか。はっきりとした原因はわからないそうですが、あのおいしいイクラが食べられないのはとても残念です。

「鮭を叩くバイト」と書くと、少し軽薄にも感じますが、そのものごとを掘り進めてみると自然の循環の思想や、古い由来を持つ神話世界がひろがっているというお話でした。

Illustration: Daizaburo Sakamoto

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Credit: Yohta Kataoka
坂本 大三郎

坂本大三郎(さかもとだいざぶろう) 1975年生まれ、千葉県出身。東京でイラストレーターとして活動後、30歳で山伏の文化に飛び込む。東北の出羽三山の山奥で暮らしながら、美術作品の製作、古来の文化や芸能の研究・実践をおこなっている。著作に「山伏と僕」(リトルモア)、「山伏ノート」(技術評論社)がある。