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DNA技術の発展と遺族の執念がもたらした“26年目の正義”~若く聡明なミスコン女王の未来を奪った凶悪事件の真相とは~

1978年10月25日の朝、カリフォルニア州ロザモンドのアパートで若い女性の遺体が発見された。半裸の状態でベッドに横たわる遺体の首には靴下が巻きついており、レイプされ、絞殺されたことを物語っていた。

女性の名はタナ・ウーリー。ブロンドに青い瞳の美しい顔立ち、スラっとして背も高く、さらに賢く上品で人柄も良いタナは、1976年のコンテストで“ミス・ロザモンド”の称号に輝いている。誰からも好かれる花のように美しい彼女は、両親や家族にとっても自慢の娘だっただろう。 

やがて地元の短大に進み、将来に目を向け始めたタナは、学費をまかなうためにアルバイトを始め、念願の一人暮らしを始めた。しかし、そのわずか3週間後、弱冠20歳にして前途有望な人生を奪われてしまう。 

警察の捜査線上には、事件の直前まで一緒にいたことが判明した恋人・リッキーをはじめ、アパートの近所に住み周囲の評判が良くない男・ラリー、孤独で奇妙な存在ながらタナに好意を寄せていた高校の同級生など、複数の容疑者が浮上。また、犯行現場から遺体の下にあった布団に付着した“シミ”が発見され、近隣住民からは「女性の叫び声を聞いた」という証言も得た。しかし、その後の捜査は難航。数ヶ月が経過しても解決の糸口を掴めぬまま、未解決事件として捜査が打ち切られることとなった。 

とはいえ最愛の家族を奪われた遺族の想いが、そう簡単に切り替わるはずもない。彼らは捜査状況と進展を確認するべく月に一度は警察に電話をかけ、妹はタナの写真を集めたフォトアルバムを作り警察へ渡すなど、捜査の存続に尽力し続けた。 

ようやく遺族の無念が晴らされる兆しが見えたときには事件から実に20年が経過していたが、歳月の流れは“DNA鑑定”という警察の捜査方法における大きな技術的発展をもたらした。事件当時の技術では確認することができなかった物的証拠、つまり遺体の下にあった布団に付着していた“シミ”からDNAを含む精液が検出され、タナのアパートの近所に住んでいたラリーのDNA型と一致したのだ。

2004年7月、第一級殺人と婦女暴行の罪により、ラリーに死刑判決が下された。タナの家族が決して諦めることなく戦い、求め待ち続けた“正義”がようやく届けられた瞬間である。

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