【野良山伏 連載】第5回 自分を土に埋めてみた

坂本大三郎です。山形の出羽三山を拠点にしている山伏です。でも生まれも育ちも千葉県で、とくに先祖が山伏であったというわけではありません。そのあたりの詳しいことはおいおい触れさせていただきたいと思っていますが、僕が山形で暮らすようになったのは、山形に残っている山伏の文化や狩猟採集文化など、自然の中で生きる知恵や技術を学びたいと思ったからでした。

山伏になっておよそ10年。この連載では、そんな山暮らしで得た知恵や技術のいくつかを紹介して行こうと思います。

Credit: Yohta Kataoka
 

山伏の処刑方法「石子詰め」を体験したいと思い、穴を掘って実験的に自分を土の中に埋めてみたというのが今回の話です。

「石子詰め」は、穴に罪人を入れ顔だけ出して石を詰め、少し離れたところから、大勢の山伏が顔めがけて石を投げ、最後に大きな石を落とし殺害するという処刑方法。民俗学者の折口信夫は、「石子詰め」を「信仰上の理由によって、土に掘った穴(うつろな空間)にお籠りをする儀礼が刑罰に変化したもの」と推測しましたが、僕もそうじゃないかと思っています。というのも、僕が暮らしている月山・湯殿山周辺には、土の中で修行したまま即身仏になる文化があり、それも「石子詰め」と関わりがありそうだからです。

お堂などに籠り、精進して祭りに挑む習俗は全国的にみられ、能などの芸能でも舞台に立つ前に「鏡の間」という部屋に籠ることで「役者」に変身します。籠ることで「心身を聖なるものと向き合う状態に作り変える」ということが、日本文化の中ではとても大切なことでした。土の中に籠ることが本来の「石子詰め」で、大切な山伏の修行だったのではないかと僕は想像したのです。

そんなことを考えていた折、僕は42歳の誕生日を迎えました。厄年です。厄年は良くないことが起こる悪い年だと考えられることが多いのですが、本来は共同体の中で「役割」を得る年のことをいったという説があります。それを悪いものとして広め、厄祓いで利益を得ていたのが、山伏や陰陽師だったのだとか。

ではどんな役割を得る年だったのかといえば、共同体の中で「祭祀をおこなう役割」を得る年だったとのことでした。その考えに従えば、僕は祭りを担わなければならない年となります。そこで自分なりに祭りをおこない、自然と向き合ってみたいと考え、「『石子詰め』を実験してみたい」と思ったのでした。

Credit: Yohta Kataoka
 

穴を掘る場所は、僕が普段から山伏修行をおこなっている湯殿山と月山の麓にある森です。ちょうど紅葉シーズンで黄色い葉をつけたブナが生い茂っていましたが、数日前に雨が降りほとんどの葉が落ちてしましいました。

山主に許可をもらい、そこに1メートルちょっと穴を掘って、脇に石を積んで塚のような形をつくりました。その上には重い石の蓋を置く……ようにしたかったものの、予算の関係で合板を使用しました。穴の中は急ごしらえのため、組んだ石から少し光が漏れてしまっています。この穴掘り作業には3日かかりましたが、なんとか誕生日前に間に合いました。

そしていよいよ実験の日。午前中に雑務を片付け、お昼から僕は土の中に埋まりました。即身仏になってしまわないように空気穴もしっかり確保しました。

 

土の中は暖かいとも聞きますが、11月の月山ではそんなこともなく、思っていた以上に寒かったです。土の冷たさを知り、セミの幼虫に同情を禁じえません。穴の底にはビニールシートを敷いて、毛布を持ち込んで防寒対策をしました。また床や壁がでこぼこしているため、なんだか落ち着きません。なかなか集中できず、余計な雑念ばかりが頭の中で湧いてきてしまいます。日常的に座禅を組んではいますが、畳の上とは大違いです。それが日没頃まで続きました。 

やがて石の隙間から見えていた外の光が弱くなってきて、17時を告げる町内放送のメロディが遠くから聞こえる頃には、目の前で手を動かしてもなにも見えないくらい、穴の中は真っ暗になっていました。

ちょうどその頃、視界に変化を感じました。暗闇の中から光がにじんでくるような感覚がするのです。チベット密教では光のない空間に籠る修行があると聞いたことがあります。長く光のない空間にいると、視覚が変調をきたし鮮やかな光があらわれるのだとか。でも僕に見えているものが同じものなのかは判断がつきません。日中に目を瞑るとまぶたの裏に光の残像が見えますが、暗闇になりその類のものが見えているだけなのかもしれません。
 

やがて心も落ち着いてきて、座禅瞑想も深まってきました。ここから数時間は、かなり豊かな時間を過ごせたように思えました。暗闇に包まれ、食べられたような感覚がします。

数時間真っ暗な空間が続き、石の隙間から差し込む月のあかりの角度から、時刻は22時〜23時頃だと推測する頃、突然、頭上でドタドタドタという大きな音と、ドスの効いた猫のような叫び声が聞こえてきたのです。中型の獣が、小型の獣を追いかけ、捕まえ食べた音のようでした。断末魔の叫びが聞こえます。これには心臓が飛び出すくらいビックリしました。

 夜も深くなり、おそらく0時をすぎた頃、狭いこと、足が痛いこと、寒いことで精神が乱れてしまい、穴の中にいることに大きなストレスを感じるようになりました。その後、少し高い声でウォホウォホと言いながら近くを歩く獣がいて、姿は見れませんでしたが、ツキノワグマだったようで、ちょっと怖かったです。

Illustration: Daizaburo Sakamoto
悶々としたまま時間が過ぎていき、やがて石の隙間が青白くなって、僕は穴から這いだしました。ちょうど42年前に僕が生まれたのも明け方だったと母子手帳には書いてありました。山伏は山を母胎として生まれ変わりの修行をしますが、山から生まれたような気持ちです。

立ち上がろうとしたものの、足元がフラつきます。それが空腹のためなのか、足にダメージを負っているからなのか、そのときは判断ができないような状態でした。どうやら思っていた以上に身体に負担がかかっていたようです。

それから僕は翁の面をつけて、昇ってきた太陽と山に向かって「舞」をひとさし舞いました。僕なりの「祭り」のつもりです。

翌日、やはり身体に疲れが溜まり、体重も72キロから68キロに減りました。でも「石子詰め」は自然や自分と向かい合う瞑想方法として面白いやり方かもしれません。月山はまもなく雪が降る時期ですので、来年雪が溶けたら穴を整備して、何日間か土に埋まってみたいです。

と考えていたら、その夜、山では雪下ろしの雷が鳴り、冬が始まりを告げました。

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坂本 大三郎

坂本大三郎(さかもとだいざぶろう) 1975年生まれ、千葉県出身。東京でイラストレーターとして活動後、30歳で山伏の文化に飛び込む。東北の出羽三山の山奥で暮らしながら、美術作品の製作、古来の文化や芸能の研究・実践をおこなっている。著作に「山伏と僕」(リトルモア)、「山伏ノート」(技術評論社)がある。