ボディーサットバ、菩薩となった男。佐々井秀嶺 -後編-

インドで生きること自体が苦行となる

改宗式典のある9月は雨期が終わり、多少過ごしやすい時期だと言われるが、それでも日本人には猛暑に近い感覚を覚える。特に会場は人の熱気もあり、正午を過ぎたあたりから、会場はサウナの中にいるような熱気と湿気で、意識が朦朧としてくる。ナグプールは内陸にあり、酷暑期の4月には連日40度を越す日が続く。

佐々井秀嶺がナグプールにやってきた50年前、街のインド人仏教徒の生活は貧困そのものだった。佐々井は生活を共にしながら布教を続けた。井戸水は十分に綺麗とは言えず、黄色い水を飲み肝炎で苦しんだ。インド人たちと同じように裸足で歩けば、感染病にかかり足が象のように腫れた。食事は、激しく辛いカレーが飽きることなく供養される。

「 ここに来て瞑想に励んでいても何も意味がない。私にとって貧しいインド人の目線に合わせて生活し、生きることこそが、仏道修行だったんです。」
佐々井は8月に82歳を迎えた。そんな話を聞くと今、目の前で生きながらえているのが不思議に思えてくる。

改宗した後に改宗証明書が発行される。この証明書で戸籍上も仏教徒となれる – Credit: Mitabi Kobayashi
 
改宗希望者は佐々井を大導師とした僧侶たちの前でいくつかの宣誓をすることによって改宗することができる。15分ほどで終わる短い式だ。佐々井は30年近く改宗式を指揮し続け、この会場で数え切れないほどの仏教徒を産み続けた。
改宗式典の記念スピーチには、人口一億人に達しようとしているマハーラーシュトラ州のファドナヴィス首相も参加し、佐々井秀嶺を讃えた。

「日本から来て貧しい地域に住み同じ生活をして、ずっと貢献してこられた。こんな人はインド中探してもいない。今の仏教徒の発展は佐々井師のおかげでもあるのです。」

佐々井秀嶺氏の向かって左側がマハーラーシュトラ州のファドナヴィス首相 – Credit: Mitabi Kobayashi
 

インドの未来と仏教徒

佐々井がいた50年間のインドはまさしく激動の時代だった。そして、21世紀に入ったこの10年は、日本の高度経済成長期にも似た急成長の時代がやってきていた。長い間ガタガタだった道があっという間に舗装され、煮沸して飲んでいた水も家庭に浄水器が普及し、飲料の心配も少なくなった。街には綺麗に洗車された車が走り、生活に余暇ができると大型の観光バスが走り、外国人が多かった観光地がインド人でにぎわうようになった。

人々の人権意識も急速に変わろうとしている。差別的な暴力、殺人、強姦などはSNSですぐさま拡散され可視化され、徹底的に糾弾される。今、アンベードカルが人間の平等を求めて起こした仏教の運動は、さらに輝きを増しているように見える。

改宗した後に改宗証明書が発行される。この証明書で戸籍上も仏教徒となれる – Credit: Mitabi Kobayashi
 
佐々井は移動の車中はいつも助手席に座る。徹夜の移動が続くときに、ドライバーが居眠りしないよう励ましたりする習慣からそうなったようだ。

佐々井は助手席の窓から覗く、豊かになったナグプールの風景に50年前の街の姿が重なるという。あそこは掘っ建て小屋しかなかったが今は立派なビルになっている、この通りには車は一台も走ってなかったが今は毎日渋滞だ、と目を細める。

「俺は世界一恵まれた男だ。乞食坊主だった俺がインド中から集まる大きな式で大導師をやってるんだから。こんな幸せなことはないです。」

その眼差しは生気に溢れ、まだまだ私にはやり残していることがある、そんな意思を私に感じさせた。

 
TEXT by MITABI KOBAYASHI

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