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【黒田有彩のSPACE DISCOVERY】第1回 宇宙エバンジェリスト・青木英剛さん -前編-

黒田有彩です。宇宙の魅力を発信するタレントとして活動しています。

最近は約10年に一度、募集が行われるJAXA宇宙飛行士の試験。人の一生の長さで考えると、なかなか巡ってこないチャンスです。そのJAXA宇宙飛行士試験に必要な条件のひとつが「自然科学系分野における研究、設計、開発、製造、運用等に3年以上の実務経験」というものでした。(※2008年の応募条件)私は幼い頃から宇宙に憧れを抱いていて、2008年の募集のとき、応募条件には満たない大学生ながら書類を提出しました。その後タレントになったので、私の実務経験は「タレント業」になったわけですが、タレント活動も宇宙飛行士の実務経験と認めてもらうために、多くの人に宇宙の魅力を伝えていこうと考えました。

このシリーズでは、宇宙飛行士になりたい方、目指した方、試験を受けたことのある方にお話を伺っていきます。そこには新たな出逢いがあり、学びがあり、「発見—DISCOVERY」があります。それは私だけでなく、宇宙が好きな皆さんにとって、きっと興味深いものになるのではないでしょうか。

記念すべき最初のゲストは、現代の宇宙ビジネスの最先端を担っている宇宙エバンジェリスト、青木英剛さんです。青木さんは過去、三菱電機で日本初の宇宙船「こうのとり」の開発に従事し、その後宇宙飛行士の試験を経て、現在はグローバル・ブレイン株式会社で宇宙ベンチャーへ投資などを行われています。

つまり、宇宙技術と宇宙ビジネスの両方の知識をお持ちの方のスーパーマン。日本で唯一の宇宙エバンジェリスト、つまり宇宙ビジネスの伝道師なのです。そんな青木さんが宇宙に興味を持ったきっかけはいったい何だったんでしょか。

 

「きっかけは1992年の毛利さんが初めて宇宙に行ったときですね。それまでは飛行機が好きでずっとパイロットになりたかったんですけど、中学一年のときに毛利さんがテレビに出ていて、宇宙飛行士という仕事を初めて知りました。そこからですね、変わったのは。

いったいどうしたら宇宙飛行士になれるんだろうって調べ始めて、まだインターネットもない時代なので、本を読んだりいろんな人に話を聞いたりして調べていくと、どうやら技術系のバックグラウンドが必要で、英語が喋れて、パイロットで、海にも潜れてとかいろいろあって、これ全部クリアしなくちゃダメだということがわかったんです。それならそれらをひとつひとつクリアしていこうと。

その時、最初の難関が英語でした。英語を喋れるようになるためには、やっぱり海外に行ったほうがいいんじゃないかなと。また宇宙開発の最先端はアメリカなので、いっそアメリカに行こうと思ったのが中学一年のときでした」

青木さんはその決意どおり、18歳で単身アメリカに留学しました。大学・大学院での6年間の専攻は航空宇宙工学。そこはNASAと共同研究をする研究所で、宇宙飛行士になるための条件を着々と達成していったそうです。もちろんパイロットとダイビングの免許も取得されました。

人は思っていてもなかなか行動できなかったり、できない理由を探したりしてしまいますが、青木さんにはそれはありません。「思ったら、やる」非常にシンプルで潔いですね。私は、「今日もできなかった、できない自分が嫌になる…」という思考をどこかでしてしまうことがあり、勝手に負のスパイラルにハマってしまいますが、青木さんのお話を聞くと、まずは向き合って行動するのみだ!と前向きな気持ちになります。悩んでいる時間がもったいないですよね。そして青木さんはなんと日本に帰国し、三菱電機に入社します。

「アメリカにおける宇宙開発は軍事に関わる仕事も多いので、アメリカ国籍がないとそういった企業で働くことはできません。それならば日本の宇宙開発に貢献しよう、日本で宇宙飛行士になろうと思って帰国しました。

それで、日本にはどんな企業があるのか調べてみたら、三菱電機という会社が宇宙開発業界屈指の会社だということがわかり、「入れてください」と直接電話したんです。だからちゃんとした新卒採用のプロセスを経ていないのですが、運良く入社でき、宇宙開発の関連部門に配属されました。その配属された部署が「こうのとり」という宇宙ステーション補給機を開発していて、日本初の人が乗り込める宇宙船という。そこの設計チームでずっと働いていました」

「こうのとり」と言えば、荷物の詰め方の細やかさ、時間の正確さなど、海外でも非常に信頼されている宇宙宅配便。国際宇宙ステーションにいる宇宙飛行士の方も、「こうのとり」がやってくるのを心待ちにしているといいます。青木さんがそんな「こうのとり」1号機の開発の最中に、JAXAが宇宙飛行士の募集を発表しました。

「ちょうどすべての条件を満たしているときに募集があったので、これはすごく良いタイミングだということで応募しました。選考がはじまるまで一年ぐらいあったので、いろいろと準備をしました。

三菱電機の技術者として働きながら、仕事が終わったあとにプールに行ったりジムに行ったりして体力作り。当時はまだ若かったので、肉ばかり食べていたんですけど、バランスの良い食生活に変えたりしました。あとはもう勉強です。筆記試験のために一般教養の勉強をしたり、英語もやり直したり。もう全部ですね」

2008年4月の応募開始から一年ほどの準備期間を経て、いよいよ宇宙飛行士の試験が始まりました。青木さんの結果はどうだったんでしょうか?続きは中編で。

黒田有彩

Credit: Hiroki Terabayashi

【プロフィール】

青木英剛(あおき ひでたか)三菱電機在籍中には、日本初の宇宙船「こうのとり」の開発に従事し、多くの賞を受賞。現在はベンチャーキャピタリストとして技術系ベンチャー企業への投資・成長支援に従事。宇宙エバンジェリストとして宇宙ビジネスを推進する取り組みにも多面的に関与している。 【プロフィール】黒田有彩(くろだ ありさ)中学時代にNASA訪問したことをきっかけに宇宙に魅せられる。大学では物理学を専攻。タレントとして宇宙の魅力を発信しながらJAXA宇宙飛行士の受験を目指す。2016年、株式会社アンタレスを設立。2017年4月より文部科学省国立研究開発法人審議会臨時委員に就任。放送大学『初歩からの宇宙の科学』『化学反応論』FMヨコハマ『Tresen』木曜DJ / 誠文堂新光社『天文ガイド』連載/集英社インターナショナル『宇宙女子』ほか。

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